中学の時からサッカーを始めた。理由は覚えていないけれど、きっと「中学に入ったら何か運動部に入ったほうが良い」言う、世間一般的な意見を丸呑みにしたからだったと思う。特にサッカーに対して特別な思いがあった訳では無かった。
しかし、そんなに運動神経が良いほうでは無かったし、小学校からサッカーをやっていた人との実力差は埋められるはずもなく、「一番体は大きいけれど一番下手くそ」のレッテルが付いて回った。練習試合とかがあっても、自分だけ出番が無いこともあった。暗に「お前はやめろ」と言われてるのかなと思ったりもした。

でも、まあ、諦めずに続けていれば何とかなるものだ。同学年で唯一170cm以上身長があって体格が良かったからか、多少は先生に期待されていたらしい。2年生になるころには、練習試合とかでも使ってもらえるようになったし、新チーム最初の新人戦では先発で出してもらえる予定だった。

しかし、新人戦の直前に右手を骨折してしまう。それも休み時間に。入院→手術の治療が必要になったので、勿論、新人戦は出ることができなかった。その後、半年後には退院してサッカーも再開したが、レギュラーのポジションは戻ってこなかった。そんなに甘いものではない。

結局、高校に入ってもサッカー部に入ることにした。中学の時にレギュラーになっていれば高校に入ってサッカー部に入ることは無かっただろう。高校のサッカー部は、全国大会出場を目指しているチームだった。昔はインターハイで上位まで行った古豪?で練習も厳しかったし、各地に遠征にも行った。

大会になると、後援会と称して父母の方も応援に来た。勿論うちの両親も来てくれた。自分達の代になって幸運にもレギュラーで出ることも出来たから、試合をしているところを見てもらったし、今思えば非常に良かったと思う。

思い出すのは、全く試合に出れない部員の両親も、良く応援に来ていたことだ。そりゃ自分の子供が試合に出ている姿を見たいというのが偽らざる思いだろう。それでも何時も応援に来るのは、サッカーが好きだったというのもあるだろうけど、やはり来るのが楽しかったからだろう。父母同士もそれぞれ皆仲良くやっていたと思う。勿論、レギュラー落ちしたから応援に来なくなるという父母も居なかったけど。

確かにレギュラーの入れ替わりも激しかった。今思えば監督兼先生の眼力が鋭かったのかもしれない。温厚な人だったけれど選手起用は厳しかった。昨日まで全く試合に出ていなかった人間を、イキナリ対外の練習試合で重要なポジションで先発させる。「なんでアイツが」当時は思った。逆に昨日までレギュラーで出ていた人間をイキナリ外す。その時はビックリするけれど、後々考えれば納得できるものだった。勿論、自分もポジションを外されることがあった。常に危機感を持って試合に臨んでいたような気がする。

今から4年前、先生が退官されるというので「先生を送る会」が東京で開かれ、広島から駆けつけた。ホテルの大部屋で各世代のOBが集まっての立食パーティーだった。軽く300名は集まっただろうか。司会者の紹介に合わせて登場した先生を盛大な拍手で迎えた。先生は開口一番「夢を見ているようだ」と話した。

サッカーをやっていて良かった。

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何でこんなことを書きたくなったかと言うと、先日聞いた話が自分にとって凄くショッキングだからだ。
どうやら最近の少年サッカーチームは人数も多いらしく、所謂レギュラーがA、それ以外がBと分かれており、その間の派閥や差別めいたことが父母の間でも存在するということ。例えばレストランに行っても、同じ学年の父母であっても「A」と「B」とでは座る席も違うらしい。これは子供も辛かろう。もちろん、子供同士にも派閥や差別めいたことが存在するのかもしれない。
勿論、全てが全てそうでは無いと思うけど、その話を聞いた時に「全く試合に出れない部員の両親」の事を思い出した。

サッカーという競技、勿論、上手い人は上手い。でも、今はそうでも無い人でも、一芸から花を咲かせることが出来る。小生の場合その一芸は体格だったけれど、スピード、高さ、運動量、体力、キック力、粘り強さ、勝負強さ、ボール捌きなど、どれも一芸に値する。要は、どんな人でも、サッカーが好きになって頑張れば、実力が花開く可能性があるのだ。逆に、今は上手いからと言っても、例えばプレーがこじんまりとしてしまった場合、伸びなくなることもある。

それを父母の方も理解して欲しい。そしてせっかくだから父母もサッカーが好きになって欲しいと思う。子供達がサッカーに集中できるように。

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小生は、大学ではサッカーのサークルに入り、会社に入っても地元の中学同級生チームに入ってサッカーを続けた。
しかし、大学のサークルは現役チームが消滅してしまったし、社会人のチームは人が集まらずに存続の危機に瀕しているらしい。

色々な事情があるにせよ、それもまた複雑な思いだ。