前回、日本ハムがパ・リーグ優勝して日本シリーズを戦っていた時、私めは、右手を骨折&脱臼の大怪我で、病院に入院していた。だからか非常に良く覚えているのだけれど、相手は読売巨人軍。よって7戦とも舞台は後楽園球場。日ハムのホームだって9割以上は巨人軍のファンだ。そしてマウンド上は元巨人軍のベテラン高橋一三。
かなり苦しかったような覚えがある。その時の4番打者柏原純一は、後に阪神タイガースに来るのだけれど。

その後、東京ドームができた時、

「東京ドーム、行ってきたよ」

「え、良く券が取れたね」

「な〜に、ハム戦さ」

「な〜んだ〜、ハム戦かぁ〜」

なんていう会話は当たり前のように交わされていた。

入場料だって、「キョジン戦」より「ハム戦」の方が安かったのだ。
昔、関東の球団で読売以外、ヤクルトも大洋もロッテも情けなかったけど、ヤクルトは強くなったし、大洋は横浜になってロッテは千葉に行って地元密着球団になった。
日本ハムだけは、ホームでも「ハム戦」と区別されてしまうような、情けない感がぬぐえなかった。

それが一転、札幌に移転した。

新庄が来た。

戦力も整備された。

新庄の引退会見。

追い風が吹いた。

そして優勝した。

テレビで観て気がついたのけれど、以前から良く顔を見たことのある選手、小笠原にしても稲葉にしても、中嶋にしても岡島にしても、坪井にしても、そして新庄にしても、皆、顔の色艶がいい。頬の張りもいい。北の大地で美味しいものを沢山食べているのだろう(笑)。そして、皆、決意を固めて北海道に渡った仲間とでもいうのだろうか。仲が良さそうだ。平均的に若いけど、年齢層もバランスがとれていてチームの雰囲気がいい。雰囲気のよさは新庄の存在も大きいのだろうけど。

新庄が出てきた時は衝撃的だった。92年、サードで中軸のオマリーのケガで、替わりにサードで起用されたのが実績の無い新庄だった。(ルーキー久慈が入ってこなければショート候補の一人ではあったのだけれど)
そして初打席のホームランから、あれよあれよとセンターのポジションを確保。その後はココで書くまでも無かろう。最後の打席で新庄は涙を流していた。最後は胴上げされた。本当、良かったな。

92年、阪神はあと一歩のところで優勝できなかった。実はそれはあと一歩でなくて、それからとてつもなく遠い遠いものだった。

日本ハムもここまで遠い道のりだった。勿論、44年前の日本一は知らないけれど、以前、リーグ優勝したのだって20年以上も前の話なのだ。

最後に、北海道日本ハムファイターズの関係者の皆様、ファンの皆様、日本一おめでとうございます。