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このブログでも以前から取り上げていた広島のパン屋ドリアン。うちも定期購入で月に1度はドリアンのパンを届けてもらっているが、最近はすっかり好調で店主の田村さんは広島のラジオにレギュラー出演したり。
そして、なんと遂に本を出版した。

自費出版では無く、本屋にも並びアマゾンでも買えるメジャー本なのだ。以前から中国新聞にコラムを連載していて基本的にはそれをまとめたものだけど、加筆もあってコラムを全部読んだ身からしても楽しめる内容となっている。
元々お祖父さんお父さんと続き三代目としてパン屋を引き継ぎ、石窯を作り天然酵母のパンを作り話題になり。その時は他のパン屋さんと同じく昔から売ってた菓子パンや食パン、カレーパンや惣菜パンなども作っていて。
その頃に我々夫婦もドリアンへ通い始めた。
それらのパンも美味しかったのだけど、その時は多くのスタッフが居て、長時間労働で、働けど働けど殆ど儲けも出ず、大量の食品ロスが出る毎日だったそうだ。

悩む田村さんはヨーロッパへ。オーストリアでたまたま見たパン屋さん。朝ダラダラと従業員がやってきてパンを焼いて昼までには売り切ってしまう。そして仕事が終わると従業員の「彼ら」は皆昼間っから酒飲んでいる。さらに、なんとそのパンは国内で売ってるどのパンよりも美味しかったという。作り方は手抜きだが材料は最高のものを使う。もちろんそれが秘訣でもあるのだが、ひたすら苦労して働いて作ったパンより手抜きで作られたパンが美味しかったらショックを受けるだろう。そして「彼ら」は昼間から酒を飲み、美術館や博物館に行きお金を落とす。理想的に経済が回っているというのだ。

この後帰国してドリアンは方向転換。スタッフもやめてもらって従業員は田村さんと奥さんだけ。パンの種類も2種類だけ(現在は4種類)にした。実店舗の販売も数日。残りは通販の発送と焼き。休みもしっかりとる。このサイクルを確立。
そしたらパンを捨てなくなって休みも取れて儲けも出ているとのこと。

それがこの本に繋がってるわけだけど。この本は働き方改革とかそういうビジネス本として扱われている。

新宿の紀伊国屋書店には「業界」のコーナーに平積みされていた。
勤務時間は短くなり商品の質は上がり利益も上がる。こんな良い話は無い。

しかしながら世の中そんなに甘くは無い。残念ながらそれなりの大手企業、いや株式会社に勤務される方ならお解りだろうけど、企業は利益を追求する集団であることは勿論だが、それはどうしても成長戦略を求められる。現状維持でそのポジションに留まるのではなく、より野心的に売上向上・利益向上を目指す事が求められる。そこから背を向けたら株主や金融機関が融資してくれなくなる。なので中期経営計画やらで成長戦略を求められ、それが計画通りに遂行されているかを厳しく評価される。なので華々しくシェア拡大・新規参入・企業買収等、右肩上がりの企業戦略になってしまう。現状維持では誰も見向きされないのだ。

ただ、この本に書かれているドリアンは無理に拡大しない、それどころか業容を縮小して成功している。勿論大手企業でも選択と集中というのはずいぶん前からやっているからそれに当てはまるかもしれない。
しかしそこからも無理に大きくしない。なんなら定期購入のお客様だけでやっていけるという記述さえある。

要は、成長右肩上がりというか、そういう形しか認めない社会に警鐘を鳴らしているのではないか。もちろん大企業と街のパン屋では立場も違えば持ち場も違うから戦略も違ってくる。
ただ右肩上がりばかりでは極端なことを言えば全てが大企業にならなければ生きていけないということになるし、人の全ての労力を仕事に費やすという考えになりがちだ。最近の働き方改革で出てきている在宅勤務やテレワークなどは、その考えが見られ非常に恐ろしい。
先の「彼ら」のようにブラっと働いてブラっとお金を落とす、今の日本では考えづらい事だが、実はみんなそういう生活を望んでいるのではないか。

急激にそうなるのは難しいだろう。でもこの本はそんな夢を少しだけ見させてくれる。いい本だ。