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食べログから転載〜

千葉県の竹岡式ラーメンと呼ばれるジャンルの元祖と言われているお店。
しかも友人から「ウマいよ!感動するよ!!」とまで言われていたので、一度は行ってみたいと思っていた。

木更津付近から下道をひた走り、上総湊駅界隈を通り過ぎたらその店はあった。内房も富津岬から北は日本有数の工業地帯だが、南はノンビリとした海岸線で、昔ながらの漁村の雰囲気が残っている。この竹岡ラーメンもそんな漁村の賄いから発祥したのだろうか。

到着したのは午後1時を回っていたけれど、駐車場にも車がいっぱい。店の外にも数人待っていた。一回りしたら駐車場が空いたので車を停めて店へ着くと、丁度店内に入れた。これはついている。
店内は相席で狭いと聞いていたが、ちゃんと一人分のスペースは確保される。昭和の香りがする懐かしい店内。雰囲気は悪く無いと思う。
接客も地元のオバちゃんが大勢で頑張っている感じで、特に不愉快な思いはしなかった。お客さんのことを服装と座っている場所で判別する(オレンジ長Tとか、紺カレンダーとか、長椅子パーカーとか)のだけれど、この時は人を侮辱するような表現は特に無かったように思う。(私めがどう呼ばれているか聴くのを失念してしまった)

ちなみに、座った席は厨房の中が丸見えの席だった。
そして・・・その厨房の中は驚きの光景が・・・。

厨房真ん中の床にガス台が1つ。その寸胴ではひたすら湯を湧かしている。
そして奥のカウンターに七輪が2つ。その七輪の上には鍋というよりステンレスのボール。それで乾麺を茹でる。茹で上がるとボールの縁を布で掴み、シンクの中でガーっとまとめて樹脂製のザルに上げる。そしてその麺をザルから丼へと移し替える。
で、奥のカウンター脇には煮豚がバットに浸かっており、その煮汁と、ボールの中の麺の煮汁と、寸堂の中のお湯を加え、煮豚とメンマを載せて出来上がり。
茹で湯は毎回変えている。その都度真ん中の寸胴から柄杓でボールに湯をつぐのだ。

すなわち、全くスープ/だしを取っていないラーメンなのだ。それが竹岡ラーメンの特徴でもある。
(このくだりは食べログには書いてない)

麺もロットによって茹でる数が一定ではなく、1ロットあたり3〜5食程度。3食の時は茹で時間が短かく、5食の時は茹で時間も長かったような。大盛の場合は半分に割ってある乾麺を加えて1.5玉にしているようだ。
いずれにせよキッチンタイマーで測っているような様子ではなく、調理人の「カン」でやってのけている感じ。七輪の火力をもってしても、あの茹で湯の少なさでは上記のようになるのは解らないでもないが・・・。

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私めのロットは多めに作られたロットの1杯だった。なのでこれでもかと言わんばかりの茹で時間だったから麺は既に伸び気味。伸びやすい乾麺は、どんどん黒いスープを吸い取って伸びていく。ああ「大」なんかにするんじゃなかった。家でインスタントラーメンを茹で過ぎた時の記憶が蘇る。真っ黒いスープも水っぽくて塩分も多い割に味がない。いっぱい入っている煮豚は塩辛く脂っこいしメンマは筋っぽい。なんか良い所無しなのだ。

しかし、この店は地元の方々に愛されている。行列は絶えないというし駐車場も多く準備されている。食べログで高評価をつけている方々も多くいらっしゃる。その方々にとってみれば、この竹岡ラーメンこそが「ラーメン」なのであり、心のふるさとなのだろう。

それと、私めに置換えてみたら、三鷹の「江ぐち(現・みたか)」や荻窪の「春木屋」「丸福」など、昔食べたラーメンはやっぱり思い入れが深いけど、他の方々がこれらの店のラーメンを初めて食べて美味しいと感じるかどうかは解らない。
それと同じ感覚なのだろうか。

もし、元々、漁村の賄いとして作られたものであれば、その役割を充分果たして来て、その後も長い歴史を積み重ねて来たのだろう。あの独特の作り方は、その歴史の中で育まれたものなのだろう。

・・・色々と考えさせられた。

最後に、このラーメンを食べるのには、ある程度の覚悟が必要だと思う。体力を酷使するから。

夕方頃、激しいゲーリーが。脂のせいなのか何なのかは判別不能であったが、このラーメンが原因なのは間違いない。そういう意味でかなり体力を酷使する。(このくだりは食べログには書いていない)

できれば体調が万全で、この後何も予定が無い時に食べた方がいいと思った。

それと水筒を持って行った方がいい。帰りの車の中で飲むために。
激しいカチョーと塩分で口〜喉は最悪の状態になるから(このくだりも食べログには書いてない)、水分は大量に必要となる。